『昨日、登別で』 僕が旅に出る理由特別編 |
別れの朝がやってきた。これから新千歳空港へ向かう。
話は12時間前に遡る。
僕が登別の温泉宿に着いた時、重そうなスーツケースを抱え休み休み宿に近づいてくる女の子を見かけた。とても大変そうだったので「大丈夫ですか」と話しかけると「スーツケースの車輪が壊れて抱えなければならなくなったの」と今にも泣きそうな顔で訴えかけてきた。
「この宿に泊まるの?」と聞くと「そうなんです」と答えた。僕はとりあえず彼女のスーツケースを抱えて宿に入った。「もう大丈夫です」という彼女の声は聞こえたが、そのままチェックインする旨を女将に伝えた。部屋はもちろん別々だけど、今夜彼女と話をしたいと思った。石原さとみに似たその娘は僕にお礼を言って自分の部屋へスーツケースを抱えて入っていった。A202が彼女の泊まる部屋だった。
ゆっくり温泉に入りリラックスしてロビー横にあるソファで寛いでいると、あの娘がお風呂からでてきた。
「あっ、こんばんは」と挨拶すると彼女も「こんばんは。先程はありがとう」と応えてくれた。そこで思い切って名前を聞くと「Sachiと言います。お名前は?」と聞かれたので「Masaruと言います。よろしく」と僕も答えた。
その後晩ご飯を一緒に食べることになり、北海道の話や趣味のこと、今やってる仕事の話などで会話は弾み僕の部屋で一緒にお酒を飲むことになった。
そして気がつけば午前0時、石原さとみに似たSachiはほんのり赤くなっていた。明日の予定を聞くと「午前中の便で大阪に帰るの」とSachiは寂しそうに答えた。僕は「では、空港まで送って行くよ。時間の余裕はあるから」と言い「明日の朝ロビーで待ち合わせしよう」と伝えてその日は別れた。Sachiはとても魅力的な女の子だったけど、僕はお酒を飲み過ぎて眠くなってしまいそれ以上の関係になる事はなかった。
別れの朝がやってきた。
ちょっとセンチメンタルな気持ちだったので
僕は少しゆっくり準備をして彼女を待った。
「お待たせ」と言って現れた彼女はTシャツにジーンズというアクティブな服装で微笑んでいた。
車で空港へ向かう途中彼女の方から「私大阪の枚方に住んでいるの。もし大阪に来る事があったら連絡して」と言って僕に電話番号を書いたメモを渡してくれた。内心とてもうれしかったけど「あぁ、行く機会があったら連絡するね」とクールに答えた。
でもその時に気付いた。彼女が乗る飛行機の出発時間まであと30分しかない事に。最近の飛行機は規程の時間を過ぎると搭乗はできないようになっている。焦ったけど、冷静にもうすぐ着く旨を伝えた。
空港のロビーに車を横付けし、Sachiのスーツケースを僕が抱えて搭乗口まで走った。時間はすでに出発時刻の15分前、完全にアウトだ。それでも手荷物検査場にいたJalの女性スタッフに声をかけた。すると無線で連絡を取ってくれたあと、Sachiのスーツケースを持って2人のJalスタッフはSachiと共に搭乗口まで走り始めた。僕はSachiに「もし乗れなかったら連絡して」と言って彼女を見送った。
その後交換していたLINEで「乗れたよ。ありがとう」というメッセージが届いた。もう一晩一緒に過ごせるかもしれないという淡い期待はここで消え去った。車のオーディオからはスカパラの『メモリーバンド』が流れていた。
本当は昨日の夜、酔っ払って眠くなったのではなく、Sachiがとっても魅力的でこれからも繋がっていたいという、大切にしたいという思いから僕は引き下がったのだ。
昨日、登別で あった劇的な出会いの顛末はここまで。福岡に戻ったらSachiに連絡してみようかな。と淡い期待を胸に僕は次の目的地である余市へ向かった。このクールな旅はまだまだ続くよ。